2009年11月 7日 (土)

教え2

インフルエンザしかもニュータイプにかかったらしい。

ただピンピンしてるから今日は暇な日を過ごした。

余りにも暇で、外界との接点はネットだけだから、とりあえずネットにかじりついたりしていた。

そういえばインフルエンザ前日に参加した企業説明会は色々と面白かった。

ネットや報告書を見て、いい会社だなあ、と思っていた会社目当てで行ってきた。

ただその会社の人事部の話を聞く度に何故だかげんなりしていった。

やっぱり端から見て(一消費者として)、メーカーはブランドと商品と宣伝・広報(企画営業)と取り巻く環境(ニーズ・時流)の兼ね合い。

その会社はそこら辺がちぐはぐな感じがした。

自分は社会貢献活動にも比重を置いて考えていたけれど、そこは二の次三の次か。

その前に自社のマーケティングを、消費者と商品とのマッチングが大前提だと感じた。

より優れているのは社会貢献的な要素をビジネスに組み込んでいる企業だと思う。

例えば食品メーカー。食育活動を行う事より、それとは別途(もしくは並列に)大々的に営利活動へ食育を繋げた方が、自社製品のイメージ定着や自社ブランドの革新に繋がると思う。

例えばCMや売り場POP。

それこそ時流に乗った経営だと感じる。

環境活動・社会貢献活動などなどあるけれど、環境活動に関しては事業に組み込める業界が限られる。

そうなるとそれは営利活動とは別途にやるべき企業が多くなるだろう。
もしくは(特にメーカーは)ISO14001のような結果効率化を導く環境活動に帰結するだろう。

しかし社会貢献活動に関しては、その裾野が広いせいか事業に存分に活かせば良いと感じた。
何故なら企業とは営利を目的としているが、そのほとんどが社会を成り立たせる、または誰かを幸せにする活動を行っている団体であるからだ。

そこに社会貢献的イメージをいかに含ませるかがこれからの視点だと思う。

余りに就活生としての視点が強すぎると、いつかのシンプルな消費者目線を忘れてしまう。

そんなことを感じられた説明会だった。

めでたしめでたし。

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2009年10月22日 (木)

感覚

とある企業の説明会に行ってきた。

人事部の方1名と内定者3名。

就活生は40~50名くらいであっただろうか。


内容はその企業の歴史・シェア・ビジョン・モットーのプレゼンと内定者との座談会。


プレゼンの内容を見ても、人を見ても、とても共感・憧れをもてる企業だった。

いわゆる志望度の高い企業である。


その一方でもっと強く感じたことがある。

前々から感じている
「なぜ今就職なのか・なぜ今の自分に今後の40年間を決めることができるのか」
ということである。


特に座談会でそう感じた。


キラキラと目を輝かせ、就活のアドバイスをもらう就活生たち。(自分も覚めた目線を持ちながらも色々と質問をしたが)

彼ら彼女らの目の前には全面に「就活」が広がっているのだろう。
そしてその先にあるであろう内定・キャリアを夢見て邁進している。


すごいと思った。
その確信(もしくは想像)が輝きを彼ら彼女らに与えている。


そんな中で、どのくらいの人が「なぜ再来年度から働くのか」ということへの答えをもってあの場にいたのだろうか。


もし私以外の全員がそれぞれの答えをもっていたなら、私は相当の未熟者である。

もしくはとんでもなくブルジョアな勘違い野郎か。

ただ今の自分にはその答えがあったりなかったりする気がする。


自分は誰か(顧客)の為の仕事を、自分の為に(生きる・幸せに暮らす為に)したい。


その「誰かの為に」についても、「自分の為に」についても、今現在の自分をもって決めてしまうことにとんでもないもったいなさを感じるのです。


経験が、目で見て肌で感じた世界が、少なすぎる気がしている。


その「もったいない」という感覚を、まず、一本の線にしたい。

その為に沢山の時間を使って、沢山の人とお話をしたいと感じたのでした。


以上!

P.S. 最近の革靴ってのはクッションが入っていて、その歩きやすさに感動!!

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2009年10月10日 (土)

教え

私の一生を考え、悩み、誰かと一日中テラスで討論したいと、そのスチュエーションに恋い焦がれる私。井の頭線の中。


お菓子を口に運ばせながら「長くつ下のピッピ」という本を読む少女をながめていると、「人生ってこう楽しむのよ」と言われている気がして情けなくなった。


どうも萎縮している気がする。


映画を見てくる。

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2009年10月 5日 (月)

第2弾!!

昨日は身近なお方の引越しを手伝った。

初めての引越し作業にテンションも上がる。
カプリチョーザでロマンあるエンドウ豆の話(自己慢)をし、コーヒーとスープを頂く。

夢のようにきらびやかな人が沢山いることに私たちは弾む。


引越し先の部屋で、ダンボールを机代わりにお弁当を頂く。
とても引越しらしくて良かった。

立派なぶどうも頂いた。

何より新たな門出(1ヶ月限定)に携われて良かった。
もし安心なんていうものも抱かせられてたなら尚嬉しい。


僕はというと、今日は教習所に行ってきて、これからバイトだ。

帰ったらパソコンの前でちゃちゃっと気のすむまで諸々チェックなどなど。


明日は2限に出て、ちゃちゃっと外に出て
・カレンダー
・色ペン
・オシャレなペンケース
を買い、学校に戻る。


明後日は北海道で出会った先輩と飲み。
聞きたいことも沢山あるから楽しみだ。

就活のあれこれはその後にまとめたい。


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2009年10月 2日 (金)

第1弾!!

社会に出ると仮定します。

そんな時に感じるのは、
自分は信念とか局所的好奇心でしか生きてない。
ってこと。

これは時に、真面目な青年として僕を描く。

これは時に、僕の憧れと相反してジレンマを産む。


ただそんな時には、仕事とプライベートという区分けが、なにか希望を持たせてくれる。


はなから軽率な趣味を仕事に出来ない人間だろうとは思っていたけど、それが案の定。


ある程度知的な関心事が職になる気がしてます。
(もちろんその知的な関心事の裾野には軽率な趣味が広がります。)


そう割り切れる時、何かバイタリティーが湧いてきます。


趣味は趣味で、堅苦しい評価の無いところで楽しむのだろうと空想しています。

課題について。
色んな本やネットで似たような事ばかり書いてあって、それを読むたび、分かってますよ。と暗唱していたけれど、それはそれは文字におこせない、ふわふわと埃のように掴めない。

基礎は紙と鉛筆。いつでもこのセットのようだ。

目まぐるしさの中で気付いたら何月。その雰囲気がサランラップのように巻き付いてますので、人と話してサランラップを引きちぎりながら進んで行きたいと思います。


売り物にできるものと、大切すぎて売り物にできないものがある気がしてきます。

もしくは皆に伝えたい問題と、自分個人の問題ということだね!これは。


そうかそうか。

誰かに伝えて理解してもらいたい。そんな感じに進んで行く気がしてきた。


①誰かに伝えたい問題・幸せ
②その問題・幸せを何から得たのか
③それを世の中に還元する術・場所
④そこへの適合を見出す

今夜はおやすみ!眠い!

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2009年9月18日 (金)

ごぶさた!!

大学3年。9月を迎え。

きっと就活に励み、社会に打たれ、でもいずれは一つ決まり。

ってよくあるストーリーを夢見る訳だけれど、

今日とある人と会話をし、その裾野は思ったより自由に広がりを見せるのかと、感心してしまった。

なんで働くのか。

そこに危機感みたいなもの、もしくは眩しくて直視できないようなパッションがなければ、この問いに答えることなんてできないのではないか。

そんな青臭いことってのは、意外と身近にありふれているようです。

姉が体調を崩し退社寸前で揺らめいている。

彼女の中では決心はついているのかもしれないけど。

姉は勉強肌で、いずれは院に戻りたいという程の女性。

そこへの思い入れは大きい。もしくは大きすぎるように思う。

もしも退社するとなったときに、それが逃げなのか、彼女の人生の充実なのか、希望なのか、腐敗なのか。

その先にあるパッションを信じれるのか、維持できるのか、そこにも不安があるのか。

勝ち負けの世界がある一方で、それを包括するように世界は勝ち負けで測れないものが多すぎる。

もう一人の姉も、それに似た苦境を味わった。

そこを越えた今、彼女は社会人として再び立ち上がって、日々を邁進している。

「人それぞれ」とか、ゆるくもたれる言葉を口ずさんでしまうけれども、そんな簡単なところで人間は生きるのでしょうか。

ともあれ、3年がほぼ均一に流されるであろう巨大な波を目の前にして、その波をまじまじと見る必要もあるのかなと、半分、いや、7・8割飛び込む気持でも、考える時間を作ろうと思った。

少数の人にはある程度深く、またほとんどの人には全く言っていないけれど、私も私なりにある人生レベルのキーワード・インスパイアー・教えを抱えて今後に臨んでいきたい。

・全く相容れない環境で育った人との会話は面白い。

・全く相容れない環境で生きる人へ伝えることは楽しい。

・それもお互いの「聞く」姿勢があってものも。

・大胆に遠くから眺めてみる

・質感までみる

・時限爆弾ってとっても軸

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2009年8月 9日 (日)

筋トレ続いてますよ

知覚・言語・世界

経験→わたし・あなた

世界はわたしの色なのだ
とか言いながら、そのわたしを、意図する理想に形成するのが難しい

経験がそれそのもののように思われる

思いに残る経験

経験がなければ、それに似つかわしいデータベースを叩き込む

そうやって戦っていくんだろうし、あわよくばそうやって楽しんでいけるんだろう

わたしはせこく人の様子を伺うようで
しかもその人にのめり込むことがないのか、しないのか

たぶんしないんだろう
望まない

人生で何人かはそういう次元でなく、のめり込む人が現れるような気がするのだけれど

ただそういう自意識のなかで損してる部分ってすごくある

相手を気にするわりに、そのそのラインもしっかりきっかり
面白くないし、やけにしっかり、長く付き合えば「~らしい」

もはやそれがわたしと言われれば、言ってしまえばそれまでよね

「押し」とかないし、そういうの気に入らないのだけど、気にしないといけないね

端的に言う「ひっかかり」がどこにあるのかしら
そんなことを思ってしまう

みんなが持ち合わせている不安だろうし
これは問題解決というよりは、客観的尺度と、じぶんの試行と、決心、自負、賭けられるところなんだと思う
「これで生きてきました」ってところへの信頼、その表現技術のような気がする

表現技術
培ったものがないのなら
いやでもノウハウの話になる
けどそういう時期

酒が回っているからか、支離滅裂、まとまらん
「ひっかかり」の抽出
その表現・体現
決心

姿勢、脳の歪に溜まる姿勢、流す姿勢

やる

くるりがかっこよすぎる
EXILEもかっこよすぎる
怖いもんなしやな

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2009年8月 6日 (木)

筋トレでもするか。

深夜のマンホール。

地下で水が流れる音。

なんて不安定な世界に住んでいるのだろうと、立ち戻らせてくれる。

当たり前だと思っていることの多くは、その下にもっとたくさんのネットワークをもっている。

そこら辺を知るか知らないかで、上っ面っていわれたりするのね。

あと、毎日のルーティーンがユルクモしがらみのように形成されている今がとてもいやだ。

なんら進まず、生暖かいこの時期に自ら突っ込む。

そんなこと書いていたら、なんて自分よがりな考えかと腹立たしくなった。

コンセントレーション!!!!!!!と筋肉を使え!!!!!!!

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2009年7月 8日 (水)

HAIGHT&ASHBURY セール !!

したいこと!

街めぐり=買い物。

服、靴、もろもろ欲しい。

ipod欲しい…。

だー、ワークショップ寄金!助かります!

暮らしているということ!

他人の痛みとか、苦しみとか、楽しさとか、そういうものを体感することは一生かかっても出来ない。

ならば極限まで擦り寄せることが、この世で最も美しいことだと思う。(納得するとか、同情するとか、反論するとかのもっと前段階にて)

コミュニケーションがその唯一のメソッドならば、それこそが生きとし生けるものの意義である。

そんな不安定な世界に生きているのかと、実感した今日は、やけに音楽がしみる。

掴みようのないものだからか、そうなのか。

一方でぼくが見る世界はぼくよがりのもので、誰かが見る世界もその人よがりなものだ。

経験から感じることも、ましてや経験そのものも。

だから人は愛っていう顕著なものに幸せを感じる。

だからもちろんの如く喧嘩、論争、戦争が起こるのだ。

そんなときに太宰治の惜別がふと思い出された。

要はウマが合うってことだ。

そこが暮らしていることの最高級だと思った。

髪切りたい!

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2009年6月18日 (木)

明け方の簡素な神経

調べものにてサーフィン

密度がないからもくもくと拡散

いっそ一枚の紙の中に閉じ込めてやろうか

しかしその紙がポータブルだとなにかと駄目

どしんと机においておこう

生きる意味

なんでしょう

ただ親が親であるために必要とされた僕らには

それなりの生きる意味があるような気がします

そもそも自発的に生まれてきたものでないのだから、僕が僕自身においてのみ背負わなきゃいけない宿命みたいなものはあるはずがありません

全ては親からの愛に帰結しそうな勢いです

それを後世に繋げることが生きる意味なのでしょうか

なんのために

人が存在する限り

とかいうフレーズはいかが

もしくは宿命がないのなら、そこはフリーダムではないか

ただそこに後ろめたさを感じる

その原因はまたもや親の愛でしょうか

ならばあなたのために、そしてあなたのために

私と世界は一対なものであります

私がなければ世界はありません

なにか私由来で変えられることがある気がします

拡散すれども蒸発せず

やることは僕の頭の中に

がんばります

うまくチームプレーしたいです

世界は僕の表情ひとつで変わる気がします

雨戸の隙間が明るくなり始めたので寝ます

さいなら

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